そもそも、おまえは何で舞踏会にいられるんだね

結城浩

2000年1月17日

月曜日に仕事にかかるのはつらいものである。ですよね、みなさん(^_^)。 特に、さて出かけようと外を見たら雪が降っていたら出鼻をくじかれた感じがします。 やれやれ。 でも何とか気を取りなおして仕事に出かける。 打ち合わせをしたり、指示をしたり、メールを読んだり出したり、 そんな風にして一日の仕事はすぎていく。 でもときどき、人生っていうのはなかなか面倒で複雑なものだなあ、などと思ってみたりもする。

家に帰ると家内からの留守電が入っている。 しばらくして家内から電話がかかってくる。 一言、彼女(きゃー、彼女だって)の声を聞くと、 何だか今日一日の疲れやぐちゃぐちゃが一瞬にしてなくなってしまって、 急に元気になる。 で、家内にそう言う。家内は「へへ」などと笑っている。 次男が少し鼻をたらしていたが治ったこと、 図書館で長男にたくさん本を借りてきたことなどの話を聞く。 長男に本を音読させて、聞いてあげてね、と家内に言う。

家内は、私と似ているようでいて違う、違うようでいて似ている。 私が家内を素敵だなあと思うのは、何と言うか…よい意味で賢いところかなあ。 私に合わせて、モードをすっすっと切り替えてくれる。 私の話をよく聞いていて、でもちゃんと自分で理解して返事しようとする。 で、いきなり本質的なところを突いて来たりする。 こっちがひしゃげているときには、励ましを与え、 傲慢になりかかっているときには、ちょいと水を差す。 人間的な思いにとらわれているときには、祈りの必要と聖書的な視点を思い起こさせてくれる。 私がほめると「旦那さんがいいからよね」などと返してくる。 まあ、世界一の家内と言えましょう。

家内は、信仰を得てから結婚について祈ってきたと言っていた。 家内のお母さんも、娘の結婚について祈ってきて、 しかも早く嫁げとせかすことはなかったらしい。 神様が最善の相手を備えてくれると信じていたのだそうだ。 すごいなあ…(と私が言うのは変ですが)。 私はお義母さんに「こんなすばらしい娘さんを育ててくださってありがとう」とお礼を言うのだが、 もちろんそれよりも前に神様にお礼を言わなくては。

付き合っている相手や配偶者がいても、 おうおうにしてその相手の悪いところとかまずいところばっかり愚痴ってしまいがちだ。 相手が「存在している」ということ、 その大前提を感謝することを忘れてしまいがち。 自分自身についてもそうだ。 自分が「存在している」ことを神様に感謝することを忘れがちだ。 何度も何度も、私は神様に感謝し、家内に感謝し、 私を支えてくださった多くの方に感謝しなければならない。

チェスタトンが書いているたとえ話にこんなのがある。

12時までしか舞踏会にいられないシンデレラが魔法使いに文句を言う。
「どうして、わたしは12時までに舞踏会から帰らなくちゃいけないの?」
それに答えて魔法使いが言う。
「そもそも、おまえは何で舞踏会にいられるんだね」