ピアノ

結城浩

2002年4月5日

ほら、おとうさんにピアノを聞かせてあげなさい、 と家内が長男に言う声を聞きながら、 私は次男を抱いてソファに座る。

長男は、一瞬口をへの字に曲げた後、真面目な顔になり、はい、と答える。 ソファに向かって軽く頭を下げ、ピアノに向かう。 背筋を伸ばして指をゆっくりと鍵盤に乗せる姿はなかなか さまになっている。 いつもはドアを隔てて、仕事部屋の中で聞いている曲が眼前で始まると、 私は胸のうちから湧き上がるうれしい気持ちを抑えられなくなる。 長男は、小さな一人のピアニストとして演奏を続ける。 時に力強く、時に優しく。 まるで歌でも歌うような、夢見るような表情をすることもある。

曲が終わると、余韻を残しながらそっと鍵盤から指を離し、 手を膝の上に戻してから、ゆっくり立ち上がり、礼をする。

私と家内と次男が、拍手をする。