不安を感じるプログラマの君へ
- A Letter -

夢空間への招待状

結城浩

前略 お手紙ありがとう。

君から手紙を貰ったのは何年ぶりのことだろうか。人づてにコンピュータ関係の仕事をしているという噂は聞いていたけれど、私と同じくプログラム書きをしていたとは知らなかったな。いずれにしろ、手紙をくれて本当にありがとう。

しかし、君の状況はなかなか大変そうだね。手紙に書いてくれた君の今の仕事の状況を整理するとこんな感じだろうか…これまでプログラマとして多くのプログラムを書いてきた。要求仕様をもらって、自分でデータ構造を設計し、コードを書き、デバッグを行ってきた。ところが最近その仕事の内容が変わってきた。人前でプレゼンテーションをする機会が多くなり、これまでとは違ったストレスがたまるようになってきた…。こんな感じだろうか。

君は「何だか最近、イライラすることが多くて…どうしたらいいでしょう」と書いていたね。私は精神科の医者じゃないけれど、自分のささやかな経験から、そんなときのことを想像することはできる。ちょっと私の話を聞いてもらえるかな。

どんな理由であれ、自分のやっている仕事の内容が変化するのはストレスのたまるものだ。特に君の場合、コンピュータに向かってプログラムを書く仕事から多数の人に向かって発表する仕事に変わりつつあるわけだから不安を感じることも多いんじゃないだろうか。不安? そう、不安だ。

何か不安を感じると、イライラし、怒りっぽくなり、手に汗をかき、仕事が楽しくなくなるものだ。私もときどき不安に陥ることがある。このプログラムは本当に納期まで間に合うのだろうか。こんなバグが発生してしまった、どうしよう。そんなとき私はこんな風にして不安を追い払っている。君の参考になるといいのだが。

 * * *

気になることを書き上げろ。 不安を追い払う第一の方法はこれだ。何か困ったことが起こったら、自分の心にひっかかっていることを紙に書いてみるのである。ノートや日誌がよいが、急を要する場合には手近なメモ用紙でも構わない。思いつく限りの「気になること」を箇条書きにするのだ。そのとき書き上げるのは、仕事に関係がないことでもよい。気にかかることは何でも、家庭のことでも、映画のチケット予約のことでも、購入ソフトの支払日のことでも、全部書き上げるのである。これだけで君の心の中の「いわれのない不安」はかなり減って楽になっているはずだ。だまされたと思ってやってごらん。

具体的に悩め。これが不安を追い払う方法の二つ目だ。

「明日は、私の発表がある。どうしよう、どうしよう」

こんな風におおざっぱに悩んでいると不安は膨れるばかりだ。悩むなら、具体的に悩もう。例えばこんな風にする。

「明日の発表は何時からだっけ」

「聴衆は何人ぐらいかな」

「話すべきポイントは何かな」

そうだよ。君はプログラム書きが得意じゃないか。大きな問題は小さな問題に分けて考えるんだ。「分割して統治せよ」これはプログラムの世界だけに通用する考え方じゃないんだ。具体的に、もっと具体的に問題を考えていこうよ。ほら、不安がまた少なくなっただろう。

人に話せ。 これが不安を追い払う三つ目の方法だ。不安を感じている内容を人に話すんだ。自分一人で考えることも必要だが、他の人に自分の考えを話すことも大切だ。別に相手からアドバイスを貰えなくともいい。自分の悩みを相手に「語ろうとする」というプロセスが重要なのである。ほら、プログラムを書くときもそうじゃないか。一人で考えて取れないバグも、プログラムを人に説明してみるとすぐに見つかるものだ。あれと同じこと。普段から自分の考えを話すことができる相手を見つけておくことだ。ここまでできれば、君の感じる不安はほとんどなくなったんじゃないかな。どうだろう。

 * * *

 気になることを書き上げろ。具体的に悩め。人に話せ。…これらを一つにまとめると、明るみに出せということだ。不安は薄暗がりに宿る。君の心の中の薄暗がりに巣食うのが不安の特徴だ。そこに光を当てるようにしよう。ぼんやりと不安がっているのをやめ、紙に書き、具体的に考え、人に語る。そうやって不安を光の下にひきずり出せば、そこにあるのはもう恐ろしい不安ではない。解決されるのを待っているただの問題にすぎないのである。

 * * *

ところで、この励ましの手紙、無事に君のところについただろうか。そう、いま、仕事に不安を感じている君のところに。

(Oh!PC、1993年2月30日)