私が初めて自分で作ったコンピュータゲームは、
「ゲツメン チャクリク ゲーム」
であった。NECの8ビットマシンPC-8001の前身、TK-80BS上のBASICで作ったゲームである。 いまのパソコンなら漢字が扱えるから、
「月面着陸ゲーム」
とするところだ。TK-80BSはカナ文字と英数字しか扱えないのでゲームのタイトルもたどたどしい カタカナになる。
画面の文字を宇宙船に見たてる。宇宙船は月の引力で下へ下へと落ちていく。 キーボードを一所懸命たたいてロケットエンジンの噴射量を調整する。月面にフワリと着陸すると、
「チャクリク セイコウ!」
と画面に表示されておしまい。単純なゲームである。 ハイスコアもないし、はでなグラフィックスもない。 そもそも文字しか表示できないからグラフィックス表示なんてやりたくともできない。 それでも、生まれて初めて作った自分のプログラムである。わくわくしながら作ったのを覚えている。
* * *
問題が一つあった。プログラムの保存方法である。 当時はハードディスクはおろかフロッピーディスクさえも使えない時代であった。 TK-80BSで作ったプログラムを保存する方法は通常一つしかない。何と、
「カセットテープに録音する」
のである。コンピュータに市販のテープレコーダをつなぐ。 プログラムの字面を音に変換してテープに録音する。これがプログラムのセーブ(保存)である。 プログラムをコンピュータにロード(復帰)するには、テープを再生して保存の逆を行なえばよい。
長いプログラムをロードするときにはテープのリードエラーがよく発生して頭を悩ませたものである。
ロード中は実際に読み込んでいるデータが16進数で画面に表示される。 それだけスピードは遅かったわけだ。その16進数の表示を目で追いながら、 「エラーが起こりませんように」と思わず祈ってしまう。
しかし祈りもむなしく、「ピー」とブザーがなり、画面に
テープ リード エラー
と表示されれば、もうおしまい。 ロードに失敗したのだ。はじめからやり直さなくてはならない。
私は自分の作った「ゲツメン チャクリク ゲーム」で遊ぼうとして、 この「テープ リード エラー」で何度泣いたことか。
しばらくして、コンデンサを一個本体のボードに取り付けると リードエラーがなくなるという情報がどこかから入ってきた。それに従い、 父と二人でTK-80BSにちょっとハンダ付けをしたところ、見事にリードエラーはなくなった。 「ゲツメン チャクリク ゲーム」をロードして楽しむことができるようになったのである。
* * *
カナと英数字しか表示できない? コンピュータにカセットテープをつないでプログラムを保存する? こんな話は、漢字表示は当然でハードディスクも常識となった現在からは想像もつかない時代である。 しかもリードエラーで悩んだ結果、ユーザが自分でハンダごてをもって修理するとなると、まるで別世界だ。
* * *
フロッピーディスクの調子が悪いと、たまに、
セクタが見つかりません.<読取り中>
中止<A>, もう一度<R>, 無視<I>?
と表示されることがある。一瞬げっ、とした後、'A'のキーを押しながら、 昔の「テープ リード エラー」を思い出し、郷愁にひとときひたってしまう私である。
(Oh!PC、1991年7月30日)