翻訳の心がけ

結城浩

はじめに

翻訳をしていて、気がついたことをメモしておきます。 私は翻訳の専門家ではないけれど、自分で辞書を引き引き翻訳をしていると、 それなりに考えることがあるものです。

ここでいう翻訳は英文和訳を意味しています。

意味を伝える

翻訳とは「原文の意味をよく理解し、それを日本語として表現する」ことである。

原文の意味をきちんと理解しなければならない。 自分が理解できない文章を翻訳することはできない。 機械的に字面を字面に置き換えてはいけない。

原文の意味をよく伝える日本語の文章を作ること。 原文の構成や言葉遣いに引きずられて、 日本語としておかしい文章にならないように。

差違を埋める

原文の品詞にこだわらない。 原文で名詞になっているものを動詞として表現してもいい。

原文の一文にこだわらない。 一つの文を複数の文に分けたり、 複数の文を一つにしたりしてもよい。 もしもそれが意味をより正確に伝えるならば。 やりすぎると原文から離れてしまうが。 段落は守った方がいい。

原文の語順に注意する。 関係代名詞などがたくさん出てくるとき、文の後ろから訳してしまうと、 原文での提示順と、訳文での提示順が変わってしまう。 文章によっては流れが変になる。できれば、前から順に訳す。

日本語にない記号に注意する。 セミコロンとかコロンとか、日本語にない記号は適宜直したほうがいいかもしれない。 ダッシュはどうだろう。

彼、彼女といった代名詞に注意する。 省略してもいい場合が多い。 誤解を招く場合には固有名詞で明示的に書いてしまってもよい。

原文の仮定法を見抜くこと。 wouldに注意。

原文のトーンを見抜くこと。 皮肉の文章を真面目に訳してはいけない。 正しく「日本語の皮肉」になるようにする。

翻訳という営み

翻訳ではこまめに辞書を引くこと。記憶に頼らない。 簡単な単語でも、別の意味で使われていたりするから。

翻訳後に音読してみよう。 リズムはどうかな。

翻訳には段階がある。 最初は直訳する(意味を押さえる)。その後、日本語をきちんとこなれたものにする(表現を押さえる)。 そして、日本語を元に英語と照らし合わせる(意味が動いてないか確認する)。

翻訳には根気がいる。 うまずたゆまず、機械的に手を動かすことが重要な場合もある。 いつも「きらりとセンスが光る訳文」を書くわけではない。 あたりまえの文章をあたりまえに書くことがほとんどなのだ。

恐れず、誇らず

恐れるな。 正確に訳すように努力すべきだが、 まちがいを恐れていてはいけない。 どうせ、100%同じ文にはならないのだ。 こんなことを書いたら誤訳といわれるのではないか、と恐れない。 大胆に日本語として正しい言葉を使おう。 原文に引きずられて、不自然な日本語にしないように。

誇るな。 自分の知識を誇らない。 原文のもつ意味を、読者に可能な限り適切に伝えようとすること。 その意味で、翻訳も、通常の文章を書くことと違いはない。

リンク集

書籍案内

「数学文章作法」シリーズは、 「正確で読みやすい文章を書く」ための本です。

more