図を描く

結城浩

『暗号技術入門 秘密の国のアリス』の第1版を執筆していたときの日記です。

2002年10月4日

2002年10月4日 (金)

というわけで、夜はひたすら「暗号本」の図を描く練習なのだ。 図も文章と似ていて、ていねいに描いているうちに、 だんだん自然な流れが見つかってくる。 大事なのは、最初に描いた図は全部捨ててもかまわない、 という気持ちで、でもていねいに描くこと。 何回もゼロから描いているうちに、 いろんな発見がある。 図が何かを物語ってくれるのかしらん。 今晩は図を8枚描いて4枚捨てました。

でも、図を描いているうちに、 ちょっぴり「何かをつかんだ」みたいな気分。

2002年10月5日 (土)

夜。 また図を描いています。 頭の中では「自明」のように思われていたことでも、 実際に図にしてみると難しいことがわかります。 いや、もちろん、理屈が通っている図を描くことはすぐできるんですよ。 でも、その理屈が人にスムーズに伝わる図を書くことはとても難しいのです。 どうやったらうまく伝わるんだろう、 どうやったら分かってもらえるんだろう、 ということを時間をかけて真剣に考える。 考えては描き、考えては描く。 それから、読者の気持ちになって図を読んでみる。 じっくりと読んだり、全体を眺めてみたり。 そして、また考えては描き、考えては描き。 そういうことをやっていると、説明の文章や適切な例などをふと思いついたりするので、 すかさずエディタでメモを取っておく。 そして、また考えては描き、考えては描き…。

2002年10月13日 (日)

夜。ちまちまと図を描く。 図を描いているうちに、 いままでさらっと流していた部分の意味がはっきりと分かってすごく感動した瞬間が訪れた。 「な、なるほど!」 感動が通り過ぎてからよく考えてみると、 ふだんからきちんと資料を読んでいれば当然理解していてしかるべき内容だったということに気がついて、 しばし反省。

2002年10月14日 (月)

夜。例によって図を描く。 2〜3時間かけて6枚の図を描いた。 できるだけ、意味がよく伝わるように心がけて図を描いている(つもり)。 まず図を描いてみて、その図をじいいいいいいっと見る。 それから読み流すようにして図をちらちらと見る。 次に図の中の構成要素を一個一個確認しながら見る。 そういう作業を何度も何度も繰り返して図を直していく。 そうすると「ああ、これはこういう意味だったのか」 「あの点よりはこちらの点を強調すべき」 「あの図とこの図を対比させるような描き方にすべき」 などといったことに気がついてくる。 大事なのは、 まず描いてみること。 そして時間をかけて見なおし、手間を惜しまず描きなおすこと。

図を描くためには制約がいろいろかかってくる。 例えば紙は二次元だとか、うまく描かないと線が交差するとか。 その制約の中で、「きれいな」図を描こうとしていると、 隠れていた構造がひょっこり顔を出してくることがある (隠れていた構造、といっても私が単に気がつかなかっただけなんですけれど…)。 それは、驚きと喜びが混じりあった、とても楽しい体験だ。 いつも散歩している砂浜で、美しい貝殻を見つけたときのように。