午後、メインホールで開かれた講演会を聞いてから、前のフロアで自然発生的に開かれた「おやつパーティ」に参加する。 といってもやっていることは、いつも同じで理数的・技術的なおしゃべりなんだけれど。
シナモンの入ったビスケットをかじっていると、実験用の白衣を着た男性が私のところにやってきた。いささか、というかかなりエキセントリックな雰囲気をかもしだしている。 グリーン博士だ。
グリーン博士「(ひそひそ声で)光速を越える方法を考えた。」
結城「はい?」
グリーン博士「(あたりをきょろきょろして)光速を越える方法を考えた。」
結城「はあ…。でも、アインシュタインの相対性理論からは、光速を越える方法はないんじゃありませんでしたっけ。確か…質量が無限大になっちゃうので。ごめんなさい。物理は専門じゃないので、うろ覚えなんですけれど。」
グリーン博士「アインシュタイン去れり、ハイゼンベルク来たれり。」
結城「はい?」
グリーン博士「だから、ハイゼンベルク。」
結城「不確定性原理の?」
グリーン博士「なんだ、知っているじゃないか。ハイゼンベルクの不確定性原理。」
結城「いえ、詳しくは。」
グリーン博士「運動量の誤差をΔpとし、位置の誤差をΔxとする。このとき両方の積は…」
結城「必ずプランク定数h以上になる。」
グリーン博士「なんだ、知っているじゃないか。」
結城「いえ、詳しくは。」
グリーン博士「厳密には定数倍があるがな。では、もしもΔxをきわめて小さく取ったとするとどうなるね。」
結城「それは、運動量の誤差Δpが大きくなりますね。」
グリーン博士「そう。ということは、Δxをきわめて小さく取ることによって、限りなくゼロに近づけることによって、運動量を無限に近づけることができる。」
結城「でもそれは…」
グリーン博士「運動量とは何か?」
結城「…質量と速度の積ですね。」
グリーン博士「つまり、位置の固定こそが重要だったのだ。Δxを小さくする。つまり位置を確実に固定するような状況を作り出すことによって、運動量を無限大にできる。いうなれば、止めることによって高速になるのだ。この逆説はどうだね。」
結城「どうだね、といわれましても…。」
グリーン博士はそのまま足早にメインホールに戻って行ってしまった。うーん、いろんな人がいる。
(2004年7月22日)