本を書くということ

結城浩

2001年2月22日

[DP] Interpreterパターンの図を少し描く。 それから、レビューアのレビュー結果を参考にしつつ、 Adapterパターン、Singletonパターン、Mediatorパターンについて読み直し、校正をする。 とても、とてもよい。

以下は、これまで日記で何度も書いていること。

複数の独立したレビューアから「ここがわかりにくい」と同じ個所を指摘されるときがある。 この状況を私はとても大事にしている。 それは、きっと本当にわかりにくい個所だから。 それから、レビューアのちょっとした一言や、 何気ない感想に耳をすますことはとても大事だと思っている。 ただし、その一方で、 レビューアの意見を全部まんべんなく取り入れようとすることは間違っていると思う。 著者の仕事は、一言で言えば「取捨選択」だから。 私という1人の人間のフィルターを通すことがとても大事だ。 1つ1つの意見をよく読み、理解し、そして取捨選択をして自分の言葉を使って本文に反映させる(あるいはさせない)。 たゆむことなく、丹念に、愚直に、コツコツとそのような作業を繰り返す。 そうやっていると、自然と「オリジナルな文章」になると私は思っている。

自分の知識を誇ろうとしないこと。 学んだことを全部書こうとしないこと。 ストーリー、流れ、リズム、を意識すること。 読者とともに歩むこと。 読者を導きつつ、ときどき1人で歩かせること(著者はガイド役なのだ)。 読者を囲い込まないこと。 読者をリラックスさせること(でもときにはドキッとさせること)。 自分のことではなく、題材のことや読者のことを考えること。 具体化と抽象化を自由に行き来すること。 品を落とさないこと。でも形式ばらないこと。 …そのように心がけつつも、心がけに縛られないこと。

ああ、本を書くっていうのは何て素敵な仕事でしょう。 文章を書くって何て面白い仕事でしょう。 神さま、感謝します。

「文章を書く」ことと「教える」ことは、とても似ている。