結城浩
1997年8月26日
帰りの電車の中でノートパソコンで原稿書きをしていたら、 前に立った若い女性が手にしている文庫本の長いしおりが目についた。 文庫本のカバーから長く伸びた革ひもの先に小さなプラスチックの 飾りボールがついている。 それがちょうど私のパソコンに触れるか触れないかの ところをフラフラ揺れている。 とても気になる。 電車の揺れの都合でときどきパソコンにコツンと ぶつかったりする。 (この女の人、気がつかないのかな) (もしかして、わざとやってんのかな) (まあ私もこうやって車中でパタパタやっているのは、 迷惑に感じる人もいるかもしれないが) なんてことを考えると、文章は先に進まず、 自分の周りに何だか黒雲がもくもくもくもく。 そして、いらいらしてくる。 いらいら? そこで心の何かがカタリと音を立ててはずれて、 私は口を開く。 「あの…すいませんが、ちょっと当たるんです」 とコンピュータを指差すと、女性は、すぐに 「あらららら。ごめんなさい、すみません」 と本当に申し訳なさそうな声が返ってきた。 いえいえ、こちらこそ…と答えながら、ほっと一息つく。 互いに、にっこり。 黒雲は、もうどこかにいってしまった。