結城さんは、人の悩み事とか愚痴を聞いていて疲れないんですか

結城浩

2000年9月10日

メールでやってきていた何人かからの質問に答えます。 文面は変えてあります。複数人のものをまとめたりもしています。

結城さんは、人の悩み事とか愚痴を聞いていて疲れないんですか。

あまり疲れたことはありません。 ロバ耳などを読んでいても、疲れたり怒ったりすることはあまりないです。

友人の言葉を信じるのは間違っていますか。

もしもそれが友人の言葉が完全であって、 友人は絶対に間違いをおかさない、という意味ならば、 それは間違っています。人は間違いをおかすものだからです。 間違いをおかすかもしれない、と思えば、さまざまな安全策をとったり 保険のための何かを準備したり、用心したりします。 友人は間違いをおかさないと盲信してしまえば、 そういう安全策をとらなくなります。それは危険なことです。 しかし、友人を信頼したいと願ったり、 友人からの信頼に応えようと願うことは間違っているわけではありません。

私は人間きらいです。結城さんは好きですか。

好き嫌いという意味では、まあ好きな方でしょうか。 でも、たくさんの人とわいわいやるよりは、 少ない人でもゆっくりおしゃべりしたりする方がすきです。

結城さんは空しくなることはありませんか。

空しくなることはときどきあります。 主に、お腹が減っているときです。 いえ、冗談ではなく本当に。 すごく形而上的なことを考えて厭世観にとらわれているように思っていたら、 単に血糖値が低かっただけ、というのは、 私の場合、非常に多くあります。

結城さんは、いつも日記に本音書いているんですか

そうですね。 割と本音を書いています。

結城さんは、これまでメールもらった人、全部覚えていますか。

いや、さすがにそんなことはないです。 でも、メールの内容はそれなりに覚えているので、 以前これこれの話題でメールを出しただれそれですというメールをもらうと 思い出したりします。

私、人の目が恐いんですが、結城さんは恐くないですか。

うーん、直接会っているときに恐くなることはないです。 でも会うまで、というか会う前に恐かったり、 いやでいやでしょうがないときはあります。 特に、自分がやるべき(と自分が考えている)ことをやってないとき、 その関係者に会うのはすごく恐かったりします。 逃げ出したくなるときも(逃げ出したときも)あります。

結城さんはクリスチャンぶっているけれど、結局、自分の自慢ばかりしているように読み取れます。

参りました。そうかもしれませんね。 不愉快な思いをさせてしまったら、ごめんなさい。

女って不利です。結城さんはそう思いませんか。

一般的過ぎて、何とも答えようがないですが…そうなんでしょうか。

私、どうしても自分が罪人だとは思えないんです。結城さんも罪人なのですか。

ええ、私も罪人です。 例えば、私の心に浮かぶことをすべて新宿アルタのスクリーンに映し出したら、 私は耐え得ないでしょう。 あなたは違いますか?

結城さん。神さまは、私をほんとうに愛してくれているのでしょうか。

はい。 神さまは、あなたを本当に愛してくださっています。

私には二人の息子があり、私はその息子たちを愛しています。 けれども、愛するがゆえに、 その息子たちが嫌がることをしなければならないことも多々あります。 歯を磨かせるとか、寝る前にトイレに行かせるとか。 あるいはまた悪い言葉を使ったら叱る。 危険なところに近づこうとしたら手をぐいと引っ張る。 子どもたちって「やっちゃいけないこと」をやりたがるんですよ、これがまた。 やってはいけない、と何度私が言ってもきかない。

私たちはみな、神さまの息子であり娘です。 神さまには神さまのご計画があって、 私たち一人一人を、かけがえのない人生に導こうとなさっています。 かけがえがない、というのは交換不可能という意味です。 他の人とは交換できない、ユニークで、唯一無二の人生。 私だけの、あなただけの、 それぞれの人生を、神さまは私たちに歩ませようとなさっています。

神さまは、この世の価値観で私たちを見ることがありません。 この世の価値観はあっという間に流れさるものです。 ファッションなどはその典型ですよね。 これが今年の流行、などといっても、すぐにすたれてしまう。 こんどはこれ、次はあれ、というように流行りものはどんどん変化します。 しかし、神さまは永遠に変わることのない御方です。 神さまの目には、私たちはユニークな存在であり、 まるごと愛すべき存在なのです。 私たち一人びとりは、みな神さまから異なる賜物や能力をいただいている。 この世の価値観から見るととるにたりない能力のように思える場合もある。 しかし、それには神さまの計画があるのです。

神さまが計画している本来の自分に出会うとき、 その一見よくわからない能力が生かされる。 しかし、この世の価値観にゆさぶられて、 自分をこの世にあわせようとすると、疲れるし、自分を生かせない。 しかも、この世にあわせたころには、流行はすでに他へうつっている。 神さまが私たちに命じている「愛」は変わることがありません。 聖書が語っている真実は、永遠に真実です。 永遠のものこそ、常に新しいのです。

あなたにいろんなことを言う人がいるでしょう。 あなたにマイナスのイメージを投げかける人、 あなたを引き下げよう、おとしめようとしている人、 汚い言葉や元気を失わせる言葉を投げかける人、 いろいろいるでしょう。

しかし、神さまはあなたを愛しています。

神さまは永遠に変わることのないお方です。 イエスさま、そしてイエスさまの十字架こそ、 神さまがあなたを愛しているという証拠です。 あなたはいま疲れていますか。恐れていますか。不安がありますか。 人間関係で悩んでいますか。自分の容姿、能力、経済で悩んでいますか。 すべて、神さまの前に持ち出しましょう。 神さまの前に、心を開き、自分のいま心にかかっていることすべてを打ち明けましょう。

人間は誰しも愚かで、あやまちをおかし、弱いものです。 あなたは愚かですか、あやまちをおかしますか、弱いですか。 医者は病人を助けます。 それと同じように、キリストは愚かで、あやまちをおかし、弱い人間を助けます。 自分は賢い、自分はあやまちをおかさない、自分は強い、 と思っているなら、神さまの出番はありません。 自分の力ではだめだ、もうどうにもならない…そのような弱い人のためにこそ、 イエスさまはこの地上に来られたのです。

恐れるな。

万軍の王なるイエスさまがいらっしゃるからだ。 恐れてはならない。ただ、神さまを信頼しなさい。 信仰が奮い立つように、誘惑から守られるように、神さまに祈れ。

主こそ、あなたの救い主。

イエスキリストこそ、あなたの救い主なのです。