結城浩
2003年10月8日
夜遅く家に帰ると、子供たちが眠っている部屋にはまだ電気がついていて、長男と家内と次男が並んで眠っていた。 いつものように次男を寝かしつけているうちに家内も眠ってしまったのだろう。 ふと見ると、長男は起きていて、私のほうを見てにこっとする。私は長男のふとんにもぐりこんでおしゃべりを始める。
私「どうしたの。何だか楽しそうな顔をしてるじゃない」
長男「あのね。今日 スクイークでバッタができたんだよ」
私「ほう。あのピョンピョンはねるやつ?」
長男「そうそう。乱数を使ってピョンピョンはねるようになったよ。それからチクタクにしたから、ずっとはね続けるんだ」
私「そう。よくできたねえ」
長男「へへ」
私「あのスクイークみたいなの、面白い?」
長男「うーん」
私「まあまあ?」
長男「そうだね。まあまあ」
私「お父さんもお母さんもあなたに「面白かった?」とか「これおいしい?」とか、よく聞くでしょう?あれは大切なんだよ」
長男「そう?」
私「あなたは9歳だから、私もお母さんもまだあなたと知り合って9年しか経ってないんだ」
長男「まあ、そうだね」
私「だから、あなたがどんなものが好きで、どんなことを面白いと思っているか、よくわからないことがある」
長男「うん」
私「それであなたに「これ好き?」って聞く。あなたの答えを聞いて「そうか、この子はこういうものが好きで、ああいうものが嫌いなんだ」ということを知っていく。そういうのが積み重なると、あなたがいないどこかで何かを買うとき「あ、こういうのはあの子が好きそうだな」ということを考えやすくなる」
長男「うん」
私「そうすると、あなたの周りにはだんだんあなたの好きなものが集まることになるよ」
長男「なるほど」
私「あなたも、あなたと出会ってからまだ9年しか経っていない。しかもはじめの何年かは「ばぶばぶ」してたわけだし。あなたもこれから自分のことをよく知るようになるよ」
長男「○○ちゃん(次男)は4歳だから生まれてから4年だね」
私「そうだね。お父さんは40歳だから10倍だ」
長男「おばんちゃんは90歳すぎてる」
私「うん、あなたは9歳だからこれも10倍だ」
長男「10倍ってすごいな。生まれてからいままでを10回繰り返すんだね」
私「そうだね」
長男「(あくびして)何かお話して!怪人20面相の話とか」
私「じゃあ、お父さんの小さいときの話をしよう」
長男「がく。違う話じゃん」
私「まあいいから。お父さんがあなたくらいの年には何をしていたかな。お父さんは文房具が好きで、お小遣いをもらってはグラフ用紙や方眼紙を買っていたなあ。方眼紙になったノートとかね(4mm角が好きだったっけ)」
長男「方眼紙を買うの?」
私「そう。お父さんのお父さん、つまりあなたのおじいちゃんは、私がどんな本を読んでいても、何しててもあまり何もいわなかったなあ。私は好きな本を読んで、考えたことをあれこれノートに書いていた」
長男「ふうん」
私「小学校の高学年だったか、中学生になってからだったか、家でステレオを買ったよ。それでLPレコードを…レコードって知ってる?」
長男「知っているよ。こないだ仮装大賞で優勝してたじゃん。レコード」
私「うん? …ああ、フラフープを使ったやつね。そうそう、ってちょっと違うけど、まあレコードをよく聞いていた。お父さん(おじいちゃん)は私にクラシックかジャズのレコードだったら買ってあげる、という条件を出してたなあ。すごく感動した曲があって、それに詩をつけようとしていた…」
長男「(くーくー寝息)」
私「(おやすみなさい、よい夢を)」
詩をつけようとしていた曲は、 ホルスト作曲、シンセサイザーの冨田勲による 『惑星』 だった。あの「木星」のメロディに心が深く深くゆさぶられた。 そのころは言葉を知らなかったけれど「木星」のメロディを聞くたびに、 郷愁と雄々しさと喜びが入り混じったような感情が湧き上がり、 いてもたってもいられなくなったのをよく覚えている。