結城浩
2000年7月6日
町を歩いていて、 ふと髪が伸びていたことを思い出す。 暑い日が続くから、いまのうちにちょっと切っておこうかと思う。 商店街の中ではじめに目に付いた床屋に入ると、 そこは双子床屋だった。
背の低い、ちょっと太りぎみで顔がそっくりの二人が、 まったく同じようなスタイルでこちらをふりむいた。
(これはトィードルダムとトィードルディーだな) と私は心のうちで思う。
意外にもお客さんは二人すでにいて、 「ダム」と「ディー」にそれぞれ刈ってもらっている。 客の顔は私からは見えない。 私はそばにあった雑誌を手にとって座り、順番待ちに入る。
「…なんですよね、なぜか」と、ダム(あるいはディー)の話す声が途切れ途切れに聞こえてくる。 どうも、ダムとディー、それに二人の客がいっしょになっておしゃべりをしているようだ。
「例えば」とダムが続ける(便宜上、いま話しはじめた方をダムとします)。 「私は右利きなんですが、こっちは(とディーをあごでしゃくる)左利きで」
「例えば」とディーが答える。 「私はめっぽう酒が好きですが、こっちは(とダムをあごでしゃくる)甘党で」
この二人の掛け合いに対して、 客二人はいっしょに「ふうん」と生返事をする。
そっくりの顔をしたダムとディーが床屋の鏡に映っているのを見ると、 何だか万華鏡をのぞいているようなへんな気分になる。 同じ顔がたくさんだ。
ダムとディーの話を聞きながら、私はだんだん眠くなってくる。 ダムとディーの利き腕が違うことと、好みが違うことは関係あるのかな、 などとぼんやりした頭で考える。 眠り込む直前「光学異性体」という単語がなぜか頭をよぎる。