カメラを買った。
そんなに立派なやつではない。オートフォーカスで、ズームなし。ただシャッターを押せばそこそこきれいに撮れるスナップ用のカメラである。用もないのに身のまわりの物をパシパシ撮っては喜んでいる。
私のカメラにはレンズを守るためにレンズカバーがついている。レンズのそばにあるスライド式のスイッチを下げるとカバーがせりだしてレンズを覆ってくれる。普段は、レンズに傷がつかないようにその状態にしておく。
カバーでレンズが覆われている状態ではもちろん写真を撮ることはできない。シャッターを押す前にスイッチを上げてカバーをはずさなくてはならない。ところがこれをよく忘れるのである。
人を前に並ばせておいて、カメラを構え、「はいチーズ」とやるけれど、シャッターがおりない。おかしいな、と思っているとたいていはレンズカバーをはずし忘れているのである。
いざ撮ろうと思ってシャッターがおりないのはイラつくけれど、カバーをはずさずにシャッターがおりてしまい、真っ黒な写真ができあがるよりはましかなあ、と考えている。
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レンズカバーをはずしていないとシャッターがおりないという仕組みは、レンズカバーをつけたまま写真をとらないようにするためのものである。こういう仕組みを、
フールプルーフ(foolproof)
がなされているという(品詞は形容詞)。愚か者が悪さをしようと思っていても、ちゃんと対策が施してあることをいう。一言でいえば、
「まちがえたくてもまちがえない」
状態になっていることだ。
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私たちのまわりにはフールプルーフがなされているものがたくさんある。
プリンタ用のコネクタが台形になっているのもその一つ。台形になっているために上下逆に差し込むことができない。まちがえたくてもまちがえないようになっている。
カセットテープもそうだ。上下を逆にしてデッキに入れることはできない。8インチのフロッピーディスクもそう。逆に入れるとディスクドライブのフタがしまらないようになっている。その点5インチのフロッピーディスクはよろしくない。真横だろうが裏返しだろうがディスクドライブに入れることができてしまう。
フロッピーディスクの書き込み禁止シール(あるいはノッチ)はフールプルーフされている。書き込み禁止になっていれば、たとえプログラムが暴走したとしても、あるいはソフトにバグがあったとしても、ディスクに何か書き込まれてしまう心配はない。
ソフトウェア、特にユーザインタフェースでもフールプルーフの有無は重要である。「キーボードをめちゃくちゃにたたいても暴走しない」のはよいソフトの条件の一つと言えるだろう。コマンドをキーボードから入力するのでも、メニューから選択するのでもよい。とにかくそこで許されている何を実行しても致命的なエラーにならないようにするための仕組み−foolproof−は常に必要である。
特にメニューからの選択の場合には、実行してもどうせエラーになる項目は初めから見せない(つまりユーザは選択できない)というくふうも重要だ。エラーを起こす項目は選びたくとも選べないようにしておくのだ。
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写真を撮ろうとしてシャッターがおりない。そのたびに「まあ、でも、真っ黒な写真ができるよりはいいから」と自分に言いきかせてきた。
しかし、よく考えてみると、レンズカバーをはずしていないことを知らせるのは、別にシャッターを押すときでなくてもいいはずである。例えばカバーがかかっていたらファインダーを通してあたりを見ることができないようにしておけば、イライラは少し解消するように思われる。
(Oh!PC、1991年2月30日)