結城浩
森を歩いて、とうとう僕は道化に会った。
僕が金を渡すと、道化は無造作に金を取る。
アタマルクは40パルを道化に払ったそうだ。
僕は32パルしか払えない。
道化は革の箱を僕に渡し、無言で去っていく。
僕は湖のほとりまで戻り、ロトラウムの樹のそばに座る。
そして新しい革の匂いをかぎながら、蓋を取る。
笛だ。
革の帯で支えられ、三つに分かれた笛がある。
はじめての、僕の笛だ。
僕は約束を守っている。
道化に会うときも、金を払うときも、箱を受け取るときも、
僕は一人だった。誰にも見られていない。
アタマルクは袋だったはずだ。
僕は革の箱だ。笛が入っている箱。
アタマルクの袋には何が入っていたのだろう。
いいから、アタマルクのことは忘れるんだ。
僕は三つに分かれた笛を取り出し、
繋ぎ目に油を塗り、
少しまわしながら組み立てる。
僕の笛。
まわりには誰もいない。空には白い雲が二つ。
鳥も鳴いていない。風は凪いでいる。
笛をくちびるに近づける。
はじめての口づけを思い出す。
僕は笛を吹く。
まっすぐな音が響き、ゆっくりとこだまが帰ってくる。
十三歳の春、僕は道化から笛を買う。
(1998年5月18日)