結城浩
昔むかしです。 ある国に、 長い病をわずらっている王様がおりました。 王様には三人の息子がおりました。 王様は息子を一人づつ病の床に呼び、 話をすることにいたしました。
はじめに長男が入ってきました。 長男は背が高く、細い顔をしています。
王様は言いました。 「おまえには北の国をまかせようと考えている。 何か不服はあるか」
長男は答えました。 「いいえ、父上。不服はありません。 北の国を治めます」
長男が出て行くと、次に次男が入ってきました。 次男は背が低く、飛び跳ねるように歩きます。
王様は言いました。 「おまえには南の国をまかせようと思う。 どうだ」
次男は答えました。 「暑い国はいやだけど、まあいいでしょう。 果物がうまいから」
次男がぴょんぴょん跳ねて出て行ったあと、 王様は末息子を呼びました。 けれども王様がいくら待っても末息子はやってきません。
やっと末息子がやってきました。 王様が言いました。 「おまえはまだ若いから、 西の小さな国をまかせようと思う」
すると末息子が答えました。 「兄さんたちには大きな国が与えられるのに、 僕には小さな国しかくれないのですか。 僕は北の国と南の国と西の国の三つをすべて治めます」
王様は困って言いました。 「おまえはまだ若い。 若いおまえがどうして三つの国を治めることができるだろう。 王というものは、 国のすみずみまで目を配り、 民を導き、教え、諭し、 国のいっそうの栄えを神に祈るのだ」
王様と末息子はしばらく黙ったまま にらみあいました。 やがて、末息子がこう言いました。 「父上、あなたは僕が若いゆえに小さな国しか治められないとおっしゃいます。 それなら僕を試みてください。 北の国、南の国、西の国から、 父上のおっしゃるものを何でも見つけてまいりましょう」
王様は病の床に伏したまま、 この末息子の申し立てをにがにがしい顔で聞いておりました。 そして、あきらめたように言いました。 「わかった。 それなら、わしがいまから言うものを見つけてみよ」
王様は深く息を吸い込むと、こう言いました。 「一つ目は、何よりも大きいけれど何よりも小さいもの。 二つ目は、何よりも遠いけれど何よりも近いもの。 三つ目は、数えきれないほど多いけれどたった一つのもの。 この三つのものをおまえは見つけてこなければならない。 ただし」
王様は少しせきこんだ後、さらに言葉を続けました。 「ただし、おまえはそれを三日のうちに見つけなければならない。 もしも、三日後の真夜中までに見つけることができなければ、 おまえはもうわしの子どもではない。 王と父に逆らった者として、 東に追われることになる」
王はこれだけいうと、 またせき込んで伏せってしまいました。
三日が過ぎました。
夜中です。夜空はよく晴れ渡り、無数の星が輝いています。 王宮でもっとも大きな中庭に、 諸侯、大臣が集いました。 三人の息子もおります。 やがて、薬師に従われた王様がお出ましになりました。
「末息子よ。 時が来た。 わしの申した三つのものを見出すことはできたか」 王様は静かに言いました。
みないっせいに末息子を見ました。 末息子はゆっくり王様の方に歩んでいきました。 王様のすぐ前までくると末息子はひざまずいて深く頭を下げると言いました。
「はい」
みなはどよめきました。 王様は言いました。 「見るところ、おまえは何も持っていないようだな」
末息子は答えました。 「仰せの三つのもの、 これでございます」
末息子はふところから光るものを取り出しました。 それは手鏡でした。 手のひらにすっぽりとおさまる、小さな小さな手鏡です。
末息子はそれを王様がよく見えるように差し出して言いました。 「父上、この鏡に夜空にきらめくすべての星ぼしが映っているのが ごらんになれますか」
王様は手鏡をのぞくと、小さく肯きました。 よく磨かれた手鏡には、星空が美しく映されていたのです。
末息子は言いました。 「この夜空、天空よりも大きなものがこの世にありますでしょうか。 神がお造りになり、 星座を描き出しているこの空こそ、 何よりも大きいものです。 そして、この手鏡に映されている星ほど小さなものがこの世にありますでしょうか。 輝く光の一点こそ、 何よりも小さなものです」 王様も、二人の兄さんたちも、諸侯も、 大臣も息をのんで末息子の言葉を聞いています。
末息子は続けました。 「また、天の星ぼしほど遠いものがこの世にありますでしょうか。 そして、手の中にあり、 目のすぐ前にある鏡ほど近いものがこの世にありますでしょうか」
「鏡に映る星は数え切れないほど多く、 けれども、今夜、まさにここで見える星はたった一つなのです」
王様は約束どおり、 末息子に北の国、南の国、そして西の国を治めさせることにしました。 そして二人の兄を東に追い出しました。
(1996年4月)