結城浩
僕は一人で寝ている。
二階の畳敷きの僕の部屋だ。隅にはランドセル。
風邪をひいていて、のどが痛い。
遠くから笛と太鼓が聞こえてくる。
今日は祭りの夜なのだ。
窓の外で何かが動く音がする。
窓を開けるとすぐそばに、
金色で、毛足が長い。
僕は窓を開け、はい出して、そっと手を伸ばす。
僕が乗るまで、絨毯はじっと浮かんで待っている。
風に吹かれて、黄金色の獣のように波打って。
僕は絨毯の中に顔をうずめ、
恋人にささやくように言う。
「飛べ」
絨毯はそろそろと家から離れ、
左にうねるようにカーブを描いて、
夜空に浮かび上がる。
十分に家から離れると、
ここまできたら大丈夫とばかりに速度を急に上げた。
一回大きな円を描いてから、
国道に沿って飛びはじめた。
顔を上げると、
夜空に北斗七星が見えた。
絨毯はあっというまに和野川を越え、
小学校の歩道橋を過ぎ、
図書館前の並木を右下に見ながらまっすぐ進んだ。
交差点で絨毯はちょっと迷ったようにスピードを落としたが、
そこからまた大きなカーブを描いて左に曲がった。
太鼓の音が次第に大きくなってきた。
スーパーヤタナカの前の中央商店街には出店が並び、
僕は絨毯に乗ったままヤタナカの上空に止まる。
下の方では子供たちが列をなし、踊りを踊っている。
水銀灯の明かりの下で、子供たちの紫色のはっぴが目につく。
三先町の子供たちが過ぎ、
座丸太の子供たちが過ぎ、
矢田武庫町の子供たちの踊りが過ぎていく。
僕はあの子を探す。
絨毯に口を寄せてささやく。
「降りろ、静かに」
絨毯はヤタナカの屋上づたいにいったん南へ向かい、
それから看板に隠れるようにして道路のまぎわまで降りていく。
そこからは踊りの列がはっきりと見える。
踊りの太鼓の音が急に大きくなり、
沿道をうめる人のざわめきが聞こえてくる。
あの子は、矢田武庫町の列の三番目にいた。
前を見て一心に踊っている。
山吹色のはっぴに若草色の帯をしめたあの子。
三つ編みの先の髪飾りが揺れている。
けれども、僕はあの子を見たとたん、家に帰りたくなった。
僕はすぐに顔を絨毯に埋めた。
「もう、帰ろう」
はじけるように絨毯は上に浮かぶと、
ヤタナカのまわりを回って上昇した。
太鼓の音が遠くなる。
絨毯はゆっくりと和野川を越え、まっすぐ僕の家に戻ってきた。
開け放してきた窓までくると、
僕は泣きながら中へ飛び込んだ。
絨毯はすぐに窓を離れて去っていく。
十二歳の夏のことだった。
(1997年10月28日)