Sidako chan
結城浩
今日はシダコちゃんが中学三年生のときの話をしましょう。
シダコちゃんはいつも、 教室の中で出口に一番近い席に座っている。 授業で発言することはほとんどない。 友達と呼べる人はいなかったし、 友達をほしがっているわけでもなかった。
11月の学園祭の最後、体育館でのコンサートで、 シダコちゃんは1本のギターを持って壇上に立った。 それは誰も予期していなかった。 シダコちゃんは説明も釈明もせず、すぐに歌い出した。
皆は、 シダコちゃんのハスキーな歌声に驚く。 伸びやかな旋律が体育館に広がる。 シダコちゃんは数曲を一気に歌い切る。
歓声と拍手。
そこで、シダコちゃんはギターを置いてうつむく。 体育館はしんとなる。 シダコちゃんは、顔を上げ、マイクをそっと両手で包んでゆっくり歌い出す。 誰もがよく知っているメロディ。
「校歌」だ。
シダコちゃんの校歌を聞きながら、 ひとりひとりが、学校生活を振り返る。 桜の入学式、友の変化に心を騒がす夏休み、 そして中間テスト、期末テスト、進路の悩みに、淡い恋。 体育館にシダコちゃんの校歌が響く。 生徒は皆、われ知らず涙を流し始める。 そして泣きながら、シダコちゃんの歌に合わせて歌い出す。 伴奏なしの校歌斉唱だ。
もうすぐ厳しい冬、受験の冬がやってくる。 その向こうには卒業が——希望と別離の季節が——待っているのだ。 きらきら光る砂が指の間をすり抜けていくように、 今という時も過ぎていく。
けれど、シダコちゃんの歌は、まだ続いている。
(2002年6月4日)