結城浩
「本当に空を飛べるの?」と僕が聞いた。
「ああ」と魔法使いが答えた。
「どうやって? いますぐできるの? ほうきにのるの?」とあわてて問う僕を魔法使いは制していった。 「もちろん、すぐにできる。いまから飛びにいこう」
僕たちは山の上までいっしょに登った。青い空に小さな白い雲が一つ浮かんでいる。どこかで鳥が鳴いている。 頂上まで登ったとき、僕はすっかり汗をかいてしまった。魔法使いは汗をかかない。
眼下には僕の村が広がっている。畑の向こうには銀色に光る湖が小さく見える。 誰かがボートに乗って釣りをしているようだが、はっきりとはわからない。
「どうやって飛ぶの」と僕は聞いた。
「すぐに飛べるさ」と魔法使いは答える。
あまり魔法使いがのんびりしているので、僕は「ほうきがないよ」と言ってみる。
「ほうきなんかいらない。呪文もいらない。ちょっとやってみせよう。ほら」 魔法使いはこういったかと思うと、とん、と かかと を石についた。
次の瞬間、魔法使いは、もうずっと上のほうに浮かんでいた。
僕は口をあけたまま、魔法使いがくるくる飛び回るのを見た。 東の方からやってきた白い鳥とおっかけっこをしたり、昼寝をするまねをして空中であおむけに寝そべったりするのを見た。 本当に簡単そうに見えた。
最後に魔法使いはくるりと宙返りして、僕の目の前に降りてきた。 「わかったかい。ほうきも、呪文もいらない。飛びたいときには、ただ飛べばいいのだ。そら」 魔法使いは僕の背中をとん、と突いた。あっ、下に落ちる、と思ったとたん、僕は空中に浮かんでいた。
両腕と両足とお腹をやわらかいものでつかまれているみたいだ。体がぐんぐん上空へ登っていく。 足ががくがく震えた。風が鼻から入ってきて、胸が苦しい。耳がつうんと鳴って、音がうまく聞こえない。
何だかよくわからないまま、僕はくるくる回って魔法使いの前に落ちてきた。 足からうまくおりることができなくて、草むらに顔を突っ込んでしまった。
「もう少し練習する必要がありそうだな」魔法使いは僕を見下ろしてこう言った。
僕もそう思う。
(1996年4月)