Wakurasu kun
結城浩
もしもし、もしもし。
こんちわ。ああ。ああ。そうだ。うん、ワクラス。 ああ。ああ。そう、シダコに聞いて、かけたんだ。 遅れて悪かったな。待っただろう。
あんた、本物か。 スラノリじゃないだろな。いや、悪かった。 何だか声がスラノリと似ててな。 ああ。ああ。 作業場でいっしょの奴。暗い奴だけど、いい奴だ。いい奴だ。 シダコが何であんたの電話知ってんだ? ああ。ああ。ははあ、そうか。わかったよ。いいよ。別に。別に。
はじめて見たのは二週間ぐらい前だよ。 いや、俺はパソコンなんか持ってない。 マッツカの部屋で見たんだ。泊まったときに。 ああ。金曜日の晩だな。「大西洋」で飲んだ帰りだ。 マッツカと二人でエロサイト見てて、マッツカは先に寝て。 俺だけサルみたいに見てた。マッツカの「お気に入り」に、 あんたのホームページが書いてあった。それで。
全部見たよ。全部。いや、小難しいのは読んでない。 伝言板。それから、昔の日誌みたいな奴。それから、お祈りだ。 ああ。ああ。お祈りは読んだ。全部な。 マッツーは寝てた。俺ひとりだ。夜中の三時ぐらいだな。
あのよう。俺うまくしゃべれねえんだよ。 口悪くて悪いな。学がねえしな。馬鹿だから。 神さまがいるかもしれないなと思ったよ。 あんた、金もらってねえのによくやるな。こんなこと。 それとも、金もらってんのか。 別にいいんだよ。金とればいいじゃん。
ああ。ああ。仕事はあるけどよ。正社員にはなれないんだと。 俺、馬鹿だから。いいんだよ。みんなそう言ってんだから。 マッツーもそうだ。シダコも。しょぼいんだよ。
ああ。ああ。忙しいな。朝8時半から夜9時だな。くたくただ。 ああ。ああ。ガッコ出てからすぐだ。スラといっしょだ。 長い付き合いだな。 何だか俺の話ばっかりしているな。 俺の話なんかどうでもいいんだよ。 聞きたいことがあって電話したんだ。
神さまって本当にいるのか?
親父は俺がガキん時にいなくなった。 母親が働いてたんだ。 母親は去年死んだ。病院で。 あんたは、学があって、いいことだけ言えるけどな。 神さまなんかいないんだ。 かあちゃんは去年死んだんだ。 死んだんだ。去年死んだんだ。 どうするんだ。
ああ。ああ。悪かったな。 かあちゃんの、母親の話なんかするつもりじゃない、じゃなかったんだ。 マッツーのパソコンで見て、シダコからあの話を聞いて、 馬鹿にしてやろうと思ったんだ。反吐だな。悪かったよ。
あの夜は、あんたのホームページ読んで、すげえなあ、 神さまは絶対いるなあ、って思ったんだけどよ。 いつもの作業場で馬鹿みたいに働いているとよ、腹立ってきてな。 あんたは、幸せだからそんなこと言ってられんだよ。 俺みたいな、やっと働いている奴はなあ。なあ。あのなあ。 かあちゃんは去年死んだんだぞ。かあちゃんは。
ああ。ああ。悪かったな。馬鹿だからよ。 両方なんだよ。神さまがいるなら。俺を助けてほしいんだよ。 でも、いるわけねえじゃん。いねえんだよ。 「神さまを信じますか」って作業場にもくるよ。 ああ。———だな。 マッツーに教えてもらったんだ。あいつらはいつでも同じだ。
時間の無駄だな。悪かったよ。電話して。 無駄だな。無駄無駄。 何かいるのはわかるんだよ。何かすごいのが。大きいのが。 きれいなんだ。神さまなのかはわからねえけど。 キリストに祈るっていうのもよくわからねえな。
反吐だよ。反吐。 俺は汚い人間だよ。汚い。反吐だ。 あんたはそうやって聞いてられるけど。 俺が何したか聞いたら、 あいそ、つかすに決まってんだ。神さまだってそうだ。 いつだってそうだ。いつだってそうだ。わかってんだから。ああ。ああ。 なあ、俺は教会なんかいきたくねえんだよ。金もないし。馬鹿だし。 ん? 作業場の奴は行かねえよ。日曜日なんか寝てる。
ん? 今か? 祈ってくれんのか。
…
ふうん。うれしいもんだな。まあな。 「隠れた傷」か。あるかもな。確かにな。あるかもな。 癒しってのは流行りだな。癒し系、とかな。 「隠れた傷」は、あるな。ははは。
なあ。俺、大変なんだよ。恐いんだよ。 何だかわかんねえけどよ。 俺、一人なんだよ。一人ぼっちなんだよ。 友達はいるけどよ。寝るときは一人でな。一人ぼっちなんだよ。 かあちゃんは去年死んだんだよ。俺、親不孝なんだよ。 かあちゃん泣かせてばっかりでよ。 でもな、かあちゃんな、死ぬときな、俺の手を握ってな。 「ありがとう」って言ってくれたんだ。
俺も祈ったほうがいいのか? 俺も祈れんのか? 祈ったら恐くなくなるのか? 神さまって本当にいるのか? 神さまって本当にいるのか? いたら、どうか、助けてほしい。
俺、こわいんだよ。
(2002年3月5日)