結城浩
2001年12月23日
例えば、教会でクリスマスの集会があるとしますね。 牧師さん、司会者、代表して祈る祈り手、賛美のリーダーは表に立って、 人の目につきます。 大きな教会なら聖歌隊の賛美や、 特別賛美と称してゲストのミュージシャンの賛美があったりすることもあるでしょう。 参加者はそのようなイベントを通じて、 また新たに神さまからのメッセージをいただき、 楽しみ、恵みをシェアすることになります。
ところで、 今日は、そういう表舞台で役割を果たす人たちではなく、 裏方さんに思いをはせたいと思います。 どんなイベントでも、必ず裏方さんがいます (小さい教会なら裏方さんが牧師先生本人だったりする場合もあるでしょうけれど(^_^;)。 人の目につかず、イベント当日も人前にはあまり登場せず、 他の人の助けとなるように、くるくると動いているスタッフがいるのです。 駐車場の案内係、ベビー・シッターさん、会場設営とライティングや音響係さん、 それから私も想像できないような働きをなさっている人がたくさんいらっしゃいます。 そういった方々の働きは、とても貴重なものです。 ポイントはこうです。 「うまくやったとしても、 他の人から注目されたり誉められたりすることはほとんどない。 でも、何か失敗やトラブルを起こしたら、 苦情を受けたり叱られたりする」 そういう役回りですね。
表舞台で役割を果たす人は、 自分に栄光を帰さないように注意を払う必要があります。 自分を偉いものと見なしてしまうというサタンからの誘惑を見分けなければなりません。 しかし、裏方さんは裏方さんで、 表舞台で役割を果たす人とはまた違ったサタンからの攻撃があります。 さまざまな種類のねたみ、不平不満、 それから自分だけの世界に閉じこもってしまう危険も。 あるいは逆に、自分のキャパシティを越えて疲労困憊してしまう危険もあります (「奉仕者の燃え尽き」というのはよく聞く話です)。
教会の活動は、その結果だけが重要なのではありません。 教会の活動は、そのプロセス自身が信仰の表明、愛の練習なのです。 教会の奉仕をする人は、 表舞台に立つ人はもちろんのこと、 裏方さんであっても、常にイエスさまに祈り、 聖霊さまから力を受けてすべてのことをなす必要があります。 サタンは私たちの微妙な心に攻撃をしかけてきます。 いつもイエスさまの御名の権威に立ち、 信仰の大盾をとって歩むようにいたしましょう。
クリスマスの近辺にはたくさんのイベントがあります。 大胆に他の人に信仰をあかしするチャンスでもありますが、 自分の霊的な状態に注意して、常に入念な祈りが必要です。 大人数で盛り上がるイベントも大切ですが、 少人数でひそやかに祈り合うひとときも大切です。 そしてそのときには、 表舞台に立つ人への祈りと共に、 裏方さんのための祈りも忘れずに。
クリスマスおめでとうございます。