結城浩
夏休み。
私は仮想的なキャンプに出かけ、さまざまな方と対話しました。
この文章は、その対話を小さな物語群にまとめたものです。
あくまでフィクションですが、 このような対話が私の心の中でなされたのは現実です。
どうぞお読みください。
夏はキャンプの季節。
キャンプといってもキャンプではなく、 暑苦しい首都圏を離れ、涼しい高原で避暑をしながら知的なことを考えようというものである。
普段読めない本を読み、普段話せない人とゆっくり話す。 いつもはないがしろにしてやっつけでやっているプログラムを、腰をすえてやってみる。
そういうことが目的のキャンプだ。
more軽い昼食の後、ラウンジでミルクティを飲んでいると、 ボーイさんがはがきを届けてくれる。家内と子供たちからの絵葉書だ。 あちらはあちらで楽しくやっているようだ。
ミルクティのおかわりをお願いしようと思って周りをきょろきょろ見回すと、 キャンプのメンバーらしき一人が私のところにやってきた。
moreシナモンの入ったビスケットをかじっていると、 実験用の白衣を着た男性が私のところにやってきた。 いささか、というかかなりエキセントリックな雰囲気をかもしだしている。
グリーン博士だ。
グリーン博士「(ひそひそ声で)光速を越える方法を考えた。」
結城「はい?」
more白いシャツの女性が早足で私のほうに歩いてくるのが見えた。 年齢は...女性の年齢ってわからないけれど、30歳くらい?いや20台後半くらいかな。
女性「あの、結城さんですよね。」
結城「はい。そうですよ。」
女性「あの、どうやったら自分の仕事ってできるんですか!」
結城「は?」
more館内のパンフレットをめくっていると、小さな音楽ホールがあることに気が付く。 催し物がないときなら、申し込めば使えるらしい。 気晴らしに持ってきたリコーダーを吹けるかもしれない。
フロントに電話してみると、今日はずっと使ってよいとのこと。 さっそくリコーダーと楽譜を持ってホールに向かう。
係の人から諸注意を受けたあと、ライトをつけて舞台にのぼり、 一人演奏会である。舞台にはグランドピアノが一台と、譜面台が何本か置いてある。
more「私はもう主人にはうんざりなんですよ」とオリザさんは言った。
オリザ「主人はあんな風でしょう。結婚当初はまじめで良い人、って誤解していました。落ち着いた深い考えの人、って思っていたんです」
結城「仕事に熱心だということですが」
オリザ「でも、仕事ばかりで。生活の楽しみというものを知らず、実験・実験・実験、論文・論文・論文の毎日でした。はじめは私も主人を支えて、という殊勝な気持ちを持ったこともあります。でも最近はうんざりしてしまって」
moreリベラ「でも、何ていうか、仕事はもういいんです。めどもたっているし。最近思っていること、何ていうか、むなしいことが多いなあって。」
結城「むなしいこと?」
リベラ「たとえば、プログラムを作ります。仕様書を読みました。がんばって作りました。一生懸命バグを取りました。はい一年たちました。もうそのプログラムは使わなくなりました。ちゃんちゃん。そういうことはままありますよね。」
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